深江郷土資料館
本館

深江の文化を残して

深江郷土資料館本館は、深江地域に伝えられてきた鋳物工芸や菅細工などの伝統工芸の保存・アピールを目的として、2010年に開館しました。
人間国宝である角谷一圭(かくたにいっけい)・勇圭(ゆうけい)に代表される角谷一門の茶釜や、伊勢神宮の式年遷宮の際に奉納した菅御笠(すげのおんかさ)・御神宝鏡(ごしんぽうきょう)などを展示しています。
このほか、日本刀や象嵌、螺鈿の第一線で活躍する作家たちの作品も展示し、広く日本の伝統文化を発信することを目指しています。

深江の菅細工

深江の菅細工の歴史は、第11代垂仁天皇の時代に遡ります。
もともと深江は良質の菅草が豊かに生い茂る小さな島でしたが、そこに大和から笠縫氏が移住しました。
そしてこの深江で、笠縫氏は伊勢神宮の式年遷宮や大嘗祭などの祭祀のために、菅笠をはじめとした祭具を作成・献納するようになります。
10世紀の法典である『延喜式』には、笠縫氏が菅笠を作成していたことが記されています。
江戸時代になると、人の往来が活発となり、深江ではお伊勢参りに赴く人が多く通行するようになります。
深江の菅笠には、日よけや雨よけだけではなく、邪気を祓う効果があると信じられ、多くの人々が道中安全を願って、深江で菅笠を買い求めるようになりました。
その賑わいの様は『摂津名所図会』に描かれ、伊勢音頭では「大坂はなれてはや玉造、笠を買うなら深江が名所」と歌われました。
現在、深江の菅細工の技術は大阪市の無形文化財に指定され、深江菅細工保存会によって受け継がれています。 主な製品としては菅笠・色紙掛け、茶道に関わる円座・釜敷きなどがあります。
また、伊勢神宮の式年遷宮や大嘗祭に用いる菅笠は、今もなお献納しています。

角谷一族と鋳物

角谷家は、代々宮大工の家系であり、釜作りを最初に始めたのは巳之助(みのすけ)氏でした。
その後、巳之助氏の子息である與斉(よさい)氏・一圭(いっけい)氏・莎村(しゃそん)氏もまた、それぞれ釜師となり、「浪速の釜師 角谷三兄弟」として名を馳せました。
與斉氏(1902年~1979年)は、千利休を祖とする茶道の家元・裏千家の出入方を許されました。「與斉」という号は、裏千家14代家元である無限斎碩叟宗室(1893~1964)から賜ったものです。
一圭氏(1904年~1999年)は、金工作家で文化勲章受章者の香取秀真氏(1874~1954)と、芦屋釜の研究で有名な細見古香庵氏(1901~1979)の指導を受けました。そして、日本伝統工芸展で多くの実績を残し、1978年に重要無形文化財保持者(茶の湯釜)、いわゆる人間国宝に認定されました。
莎村氏もまた、2人の兄の中間的な作風で活躍し、種々の工芸展で実績を残した人物でした。
角谷一圭工房は現在、一圭氏の子息である征一氏と勇圭氏により引き継がれ、今でも茶釜の製作が行われています。
そして、勇圭氏は父・一圭氏と同じく、2021年に人間国宝に認定されました。

また、角谷一門の業績は、茶釜の製作だけではありません。伊勢神宮の式年遷宮において、一圭氏は茶釜製作の技術を活かした白銅製の御神宝鏡31面を謹納しました。
2013年の第62回式年遷宮でも同様に、征一氏と勇圭氏によって御神宝鏡31面が謹納されています。
このように角谷一門は、わが国の伝統文化・技術の維持や育成にも大きく貢献してきました。